空白の一夜

かれこれ一週間以上経ちますが、そろそろ空白の一夜について書こうと思います。
まぁ、Windowsのアップデートファイル(かなり大量)のダウンロード中に暇だから書いたんだけどね!
先に言っておくけど、凄く長いよ。


その日は、本当にいつも通りの日常で、カウンセリングの後だから私は割りと元気で、本当に何がどうしてそうなってしまったのか、何がいつもと違っていたのか、私にもわからない。
ただ、なんとなくふと、母親に慢性胃炎のことを打ち明けようと思ったんだ。
それは、バイトを休もうとしてる時に、いい加減自分で医療費を払い続けるにはお金がなかったからっていうのもあるし、前々から考えていたことでもあった。
精神科のことは伏せて、慢性胃炎の話だけして、お金をちょっともらえればいいやって、そのくらいの軽い気持ちだったんだ。


慢性胃炎だと伝えた後、母親の口から出てきたのは私を責める言葉ばかりだった。
「あんたがちゃんと母さんのご飯を食べないから」「自己管理がなってない」「自分の責任じゃないか」
そんな言葉が嫌になった私は言っちゃったんだ。
「私のはストレスが原因なんだよ」
言わなければ、あんなことにはならなかったかもしれないのにね。
それじゃあ、何がそんなにストレスなんだという話になった。
適当な理由が思いつかなくて、頭に血が上ってたのもあって、「あんただよ」と、本当のことを言ってしまった。
「じゃあどうしろって言うの」「そんなのは結局建前なんだろう」「あんたが駄目だから病気になんてなるんだ」
責められて、責められて、多分、私、完全にキレてた。
「あんたの存在自体が私にとってストレスになってて、それで胃炎になったって何度言えばわかるの!?」
そんな言葉を何度も繰り返した。


最後には、「じゃあ、母さんにいなくなれっていうの?」と聞かれて、「端的に言えばそういうことだよ」と答えた。
本心だった。
あの女がいなくなればいいのに、と何度も思った。殺してやりたいとさえ思ったこともあった。
でもそれは言っちゃいけないことだってことは、一応わかってた。だから今まで黙ってたんだ。
私の言葉への母の返事は、とても簡潔なものだった。
「あんたこそいなくなれば良いのよ。母さんはこの家に必要なんだから」
そうだね。あんたは正しい。この家はあんたがいなければ成り立たない。そんなことは嫌というほどわかってる。
だから、私は一人暮らしをして家を出て行きたかったんだ。
「じゃあ一人暮らしするよ。父さんの許可はもうもらってある」
そう言って父さんに電話をしようとしたけど、繋がらなかった。
そうしてる間にも母からの文句は止まらなかった。
「そんな金なんてない」「父さんも無責任なことばっかり言って」
なんかもう、選択肢はないような気がした。
「じゃあ、あんたは私に死ねって言いたいんだね」
答えに詰まったのがわかった。
知ってるんだ。あの女は昔から、それこそ私が物心ついたときからずっと、私の存在を疎んでた。いなくなればいいと思ってたんだよ。だけど偽善者だから、ずっと長い間、「死ね」と、その言葉を言えなかっただけ。
私はあの女の本心を代弁してやっただけ。
「それじゃあ、さようなら」
そう言って何も持たずに着の身着のまま家を飛び出した。
後に続いた言葉を聞く気にはなれなかった。
死のうと思った。


雨が降っていた。
私はあてもなく歩いた。
とうとうあの女の本心を聞き出してやったと、そんな優越感か、そんなような喜びから、声を上げて笑った。
ざまあみろ、偽善者の皮を剥がしてやった。あれがあの女の本心。
そう思うと笑いが止まらなかった。
でも何故か、涙も止まらなかった。
私は笑いながら泣いていた。
道行く人が奇妙な目で私を見て、私を避けて通った。
そんなことはどうでもいいことだった。
大通りに出て、スピード違反の車が来るのを見越して、ちょっと飛び出せばいい。それだけで死ねる。
そのために歩いた。
死ぬことしか頭になかった。
ああ、でも死んでも死体はあの家に帰されるのか。なんだか不愉快だな。
そんなことを考えながら。


でも、歩いて、歩いて、大通りにたどり着く前に、思い出しちゃったんだ。
「生きて欲しい」と言ってくれた友達の顔。いつだって私を励ましてくれる友達の顔。誕生日にプレゼントをくれた友達の顔。
そういえば、あの子に最近会ってないな、とか、プレゼントにもらったブレスレットをまだ一度もつけてないな、とか、そんなことを考えちゃったんだ。
あれだけ私のことを心配してくれて、「生きて」と何度も言ってくれた友達に、何も言わずに死ぬのか、と思うと、なんだかやりきれない思いがこみ上げてきた。
会いたい、と思った。
ただ会いたいと思った。
会って、これから死ぬことに対して許しを得なきゃって思った。
絶対引き止められるってわかってた。だけど、どうしても最期に会いたくて。
そう思ったらどうしようもなくなってた。
赤信号で立ち止まって、そうして友達の家へと、私は歩き出してた。


遠かった。
長い道のりだった。
なにしろ友達の家は学校のすぐそばで、15キロ近くある道のりだったのだから。
最初は会いたい一心で歩き出したけど、長い間歩いていると、いろんなことを思った。
どうせ会っても引き止められるのなら、このまま会わずに死んでしまおうか。
途中には身投げするのにちょうどいい川もある。車の行き来が激しい大通りもある。死ねる。
行ってもいないんじゃないか。それとも迷惑になるだけなんじゃないか。迷惑だなんて、きっと口には出さないだろうけど。
私は引き止めて欲しいの?それとも死にたいの?…生きたいの?
わからなくなった。
死にたい。だけど会いたい。
ああ、そういえば明日はバイトがあるんだった。休んでばっかりだから、明日こそはちゃんと行かなきゃ。行って、休みをもらうために話をしなきゃ。だってカウンセラーの先生と約束したんだから。
明後日は、高校の時の友達とお茶を飲むんだ。Coccoが聞きたいっていうから、編集したMDを渡さなきゃ。それで、お茶を飲んで、他愛もない話をして。
土曜日は、違う友達と遊ぶ約束してるんだ。彼女は本当にいつも体当たりで、それがイライラすることもあるけど、だけどホント馬鹿みたいに私のことを好いててくれるから、ちゃんと約束は守らなきゃ。
日曜は、かてきょがあるんだ。あの家は本当に私の理想みたいな家で、あの子は素直で本当にいい子だから、私も一生懸命普通の振りして笑うんだ。あの子にだけは、絶対左腕見せちゃいけないって思うから。あのまま真っ直ぐ大人になって欲しいから。
月曜は、また精神科に通って、ヒルナミンやっぱ嫌ですってちゃんと言わなきゃ。話をして、これからどうするかとかわかんないけど、とにかく話をして。
火曜になれば、また学校だ。きっと友達がいて、だらだらと時間を過ごして。
水曜は、またカウンセリング。また来週の同じ時間にって、約束したんだ。だから、行かなきゃ。
矛盾してた。
おかしいよね。
死のうとしてるのに、明日の予定なんてどうでもいいはずなのに、そんなことばっかり考えてた。
そんなことを考えてないと、歩き続けられない気がした。
足が疲れていた。足元は真っ暗な闇。水を吸って重い服。いつの間にか雨は止んでいたけど、つまづいて転んだらきっともう立ち上がれないと思った。


私は歩いた。
目の前には大きな川が迫っていた。
この川を越えれば、友達の家はもうすぐ。
車通りは少なく、もちろん人通りなんて全くなかった。
橋の下は真っ暗な川が流れてた。
飛び降りたら確実に死ねる。
暗闇に引きずりこまれるかと思った。
「ここで死んでしまえ」と、そう私の中で言う声が聞こえた。
どうしようもなく死にたかった。
飛び降りてしまいたかった。
死にたい。死にたい。死にたい。
自分じゃどうしようもない感情が溢れ出てきて、ちょっとでも水面を覗き込んだらもう駄目だと思った。
どうしようもなく死にたくて、だけど、私は同じくらいどうしようもなく生きたいのだと、気づいた。
橋の上で、歩きながら、私は声を上げて泣いた。
「生きたい」と半ば叫ぶように何度も何度も声に出して、泣いた。
川を渡る間、私はずっと泣いていた。
自分が生きたいのだということに、気づいてしまったから。
死にたい気持ちも本当。
だけど同じくらい、生きたかった。


橋の下には、道路脇に供えられた花束があった。
きっとここで誰かが死んだのだろう。
ずっと、世の中って理不尽だなって思ってた。
こうやって死んだ人たちはみんな生きたいって思ってたはずなのに、死にたいと思ってる私がこうして生かされてる。
代われるものなら代わってあげたいと思ってた。
だけど、その花束を見た瞬間、「渡さない」と思った。
「私の命は私のものだから、誰にもあげない」
花束に向かってごめんねと一言呟いて、私はまた歩き出した。
誰がどんなに私の存在を否定しても、私は、生きたい。
そう思った。
だからまだ歩けた。


友達の家に行くと、留守だった。
どうしよう、と思った。
玄関前に座り込んで、しばらく待っていたけど、帰ってこなかった。
ああ、あたしなんか怪しい人だなって思って、移動した。
もう一人の心当たりの家目指して。
その家は、最初に行った友達の家よりずっと川に近いところにあった。
このまま通り過ぎて、橋に登れば、きっと私は飛び降りるような気がした。
行かなきゃって、とにかく自分を奮い立たせて歩いた。
だけど留守だった。
途方にくれた。
大通りに出た。
右手に曲がれば、また最初に行った友達の家。
左手に曲がれば、大きな川。
もう左に曲がってしまおうかと思った。
生きたいと、あんなに強く思った気持ちも、全身の疲れで消え去ろうとしてた。
だけど、道路脇の花束が、目に入ったから。
それが、「こっちに来たら駄目だ」って言ってる様な気がして、私は右に曲がった。


視界が歪んだ。足が痛かった。
多分、もう限界なんだな、と思った。
次に行って、もしいなかったら、私はもう歩けない。
そうしたらのたれ死ぬだけかな。
友達の家の前で死ぬのは迷惑だから、せめてもうちょっと移動して誰もいない裏道で死のう。
ああ、でも今日は温かいから、死ぬことはないのかな。
だけど、きっと私に歩く気力は残ってない。
生きる気力も、きっと消えてしまうだろう。
もし死ねなくて、裏道で朝目を覚ましたら、私はきっと川まで歩いて、そして飛び降りる。
そう思った。
文字通り、最期の気力を振り絞って歩いた。


友達の家に着いた。
家には明かりがついていた。そして生活音。
ホッとして、同時になんて言えばいいのかわからなくて、少しだけインターフォンを押すのをためらった。
だけどここで押せなかったら、私は終わりだと思った。
最初に自分がなんて言ったのか、もう覚えてない。
あまりにたくさんのことを考えすぎて、頭が混乱してた。
友達はいつものように、温かく迎えてくれた。泊まっていって良いと言ってくれた。
私は心も体も疲れきっていて、上手く事情を説明できなかった。と思う。
記憶が曖昧で、よく覚えてない。
だけど友達といて、本当に安心して、少しだけ落ち着いたから、家に電話した。
電話口には父さんが出て、とにかく明日はちゃんと帰ってきなさいと言われた。
あの人はほとんど何も伝えていないようだった。
私は、帰りたくなかった。
あの人が「おまえがいなくなればいい」と言うから家を出てきたのに、今更帰る気になれなかった。
そう言った私に、父さんは、週末になったら三人で話し合おうと言った。
どうせ明日も友達の家に厄介になるわけにはいかないから、私はそれで納得した。


友達は、その日疲れてたのに、私の話を聞いて、一緒にお風呂入って寝てくれた。
いつも迷惑ばっかりかけてるのに、いつだって優しい。
次の日家に帰る勇気が出たのも、その友達のおかげだと思う。
そうやって、友達がいるから、私は今生きてられるんだと心底思った。
その日はあまりよく眠れなかったけど、先に家を出るという友達を「いってらっしゃい」と言って送り出した。
思えば、「いってらっしゃい」なんて、生まれてこの方ほとんど口にしたことがなかった。言われたこともほとんどない。
こんな生活が良いなって思った。
「いってきます」「いってらっしゃい」って、そんな当たり前の言葉のかけあいが、なんだか凄く嬉しかった。


帰りはちょっとセコイ手を使って、金を全く使わずに、ほとんど歩くことなく家にたどり着いた。
家に帰るまで歩いてる途中、周りでは朝が来てるのが本当に不思議な感じだった。
昨夜までは、自分に朝が来るなんて、思ってもみなかった。
だけど私は生きてる。
死にたいと強く思った。生きたいと言って泣いた。そうして歩いた。
とにかく長い長い夜だった。
今でも、死にたいと思う。
だけど、今では生きたいと願う自分もよく知ってる。
あの夜から、結局私は少しも変わってないような気がする。
また何度でも同じことを繰りかえす気もする。
それでも、あの夜の出来事は、私にとってとても大きな出来事だったことには変わりない。
だから、ちゃんと書き留めておこうと思った。
それが正しいことだとか、そういうことはわからないけど。


これが「空白の一夜」の全て。
いや、抜け落ちてるところが少しあるけど、大体はこんなもん。
ホント長い夜でした。
それしか言えないや。
ちなみに、まさお君への花束は、私が死のうとしたのと同じ川に流して来ました。
なんか、ここしかないかなって気がしたから。
晴れた日には、景色がきれいなんだよ。
私が育った場所にも、同じ川が流れてた。
今住んでる場所は、もう少し上流だけど。
だから、私にはとても思い出深い川なの。
また死のうとして、この川に来るかもしれない。次は死ぬかもしれない。
だけど、今は生きてる。生きようと思ってる。
ああ、なんか人間って大変だね。生きようとしたり、死のうとしてみたり。
私は、そうやって、日々戦ってます。
死にたい私と、生きたい私との間で、必死に戦ってるの。
両方とも、本当の私。
それだけは分かってね。
以上、長文にて失礼しました!